結局いたちごっこということ

インターネットでいろいろできるようになって便利になるのはいいが、
それにともなうリスクも間違いなく増大するというもの。
ユーザの利便性とセキュリティは全くもって反比例する関係だ。
ユビキタスに限らずの問題ではあるが。
まぁ、結局はその両者のバランスが一番取れたところを採用していくのだろう。
それはすなわち、セキュリティ面で万能ということはありえないということ。
もしそれを実現しようと思うなら、得られる便益というのは限りなくゼロに等しくなってしまう。
セキュリティを甘くすることは避けられないとはいえ、それで嫌な思いをするのはいつも貧乏人だ。
ユビキタス社会というのは、どうやら人を常に疑ってかからないとその中で生きてはいけないようなのだ。


それにしても、インターネットの技術がここ10年で飛躍的に進歩したのは間違いないことだと思う。
10年前といえばWindows95発売の年。
あの頃はまだまだパソコンが普及していたとは思えない。
それこそ、おじいさんおばあさんでパソコン持ってるなんていったら周りから感心されるだろう。
当然パソコンで通信をしようなんて考える人が今よりずーと少なく、その分非常に閉鎖的な感じをさえ受けるものだ。
まぁ、あのころの方が実際、ネット人口に占めるネット初心者の割合というのは意外と高かったのかも知れぬが、
ネットに手を出そうという人というのは、それなりにパソコンを使っている人。
ある程度の電脳的なセンスを身に付けてからネットの海に漕ぎ出したものだ。
その後10年経ち。
ネットが日常のものになってきたわけだが、
何もわからない初心者がいざネットデビューするとなる時、
その人はもしかするとパソコンのマウスの扱い方も満足にわからないような人だったりするのだ。
これは確かに危険なことだと言わざるを得ないだろう。
ネット上では10年前より格段に情報が増えたものの、
今度は情報過多になり、どのように情報を取捨選択していくべきかの技術を身に付けていることが必須になった。
もしも、このようなあふれる情報という洪水の中に生まれたばかりのハイハイをやっとするような
赤ん坊が飛び込んだとすればどうだろう。結果は目に見えているわけだ。
今のネットを取り巻く状況とはまさにそんなものだろう。
しかも、今の初心者は自分で調べるという努力をさえ払わず、他人にすべて任せてしまう、など
脱初心者を目指す意欲も行動も見られないというのも問題に感じる。
まぁ、こんなことを論じるのは専門家に任せておくことにし、この話題はここで終了。


ね、ちょっとユキビダス紀行って感じがしたでしょ?